以前から描いていた、遠野を舞台にした絵の途中段階。
本当は遠野物語百周年である今年中に完成させたかったのですが…。
やはり時間をかけることにしました。
今年は正直なところ、長い冬のようなとても辛い時期でした。
しかし、それと同時にとても貴重な体験をいただいた年でもありました。
ツイッター上で日本ちぎり絵文化協会の理事長さんに声をかけられ
傳通院の展示に招待されました。
寶金剛寺の住職さんと知り合い、色々とお手伝いをさせていただきました。
普段は公開されていない県の重要文化財を特別に見せていただいたりもしました。
僕のもっとも尊敬する東北の音楽家、姫神「星吉昭」。
その息子さんである二代目と直にお目にかかることができました。
…どの思い出も、宝物です。
世の中なかなかうまくいかないことが多いですが
志さえ強く持っていれば…いつかは長い冬も終わり
春は訪れると感じました。
今年一年、本当にありがとうございました。
それでは良いお年を。
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2010年を振り返って…
姫神の音楽
十月一日は、姫神の先代、星吉昭の命日。
僕が姫神という名をはっきりと知ったのは実はつい数年前のこと。
それまで、名前については知りませんでした。
しかし、姫神の紡いだ音楽については
昔からはっきりと記憶にありました。
姫神の音楽を聞いていると、日本人としての何か・・・
感性やDNAが刺激されるような
とても懐かしい感覚が、身に沁みていく。
これが、僕の求めていた音だと、そう強く感じた・・・。
もし、ご存命であったならば・・・今年でまだ64の若さです。
今頃どのような音を紡いでいたことでしょう。
同じ岩手出身の、僕の好きな作家である宮澤賢治も
37という若さで亡くなられている。
僕の尊敬する人物は悲しいことに、皆早くに亡くなられている。
僕の好きな曲の一つ「千年の祈り」。
映像は、某番組のライブのものです。
千年世紀を紡ぐ、壮大な音。
初めて買ったアルバムが「千年回廊」ということもあり
特に思いいれが強い曲です。
尊敬する人物の残したものは、絵であれ音楽であれ
その足跡をたどりながら、刺激を受けて
自分の作品に生かしていきたい。
それが、同じ表現者としての敬意だと思うのです・・・。
考えるという事
僕は、考えるということをよくします。
…まぁ、生きていれば誰だってそうでしょうが。
この世のあらゆる物事に対して「なぜ?どうして?」と疑問に思い
よく見たり、調べたり、考えたりして自分自身で答を見出す。
そうやって知識を身につけて成長していく。
知欲、精神の食べ物とでもいいましょうか。
美術にも同じようなものを感じます。
あらゆる物事から影響を受け、自分自身の感性で表現していく。
それが絵であれ文字であれ音であれ、考えた末の表現。
何も考えないで思うが侭に描く、というのもありますが
これは無意識的に、頭の中の考えを瞬時に記号化して
表現していくものだとおもいます。
僕の中では二つ、考えるのがとても恐ろしいものがあります。
一つは、何故自分が自分であるのか。
今、この時、この瞬間を、人間として生きている。
何故46億年という地球の歴史の中のこの時代なのか
何故あらゆる生き物がいる中で人間なのか
そもそも何故、他の誰でもなく「自分」という存在なのか…
考え出すと本当にキリがなくなってしまいます。
しかし、下を見下ろすと自分の体がある。
自分の思い通りに手足を動かすことができる。
何か衝撃を受けると痛みを感じるし
胸に手をあてると心臓が鼓動している…
考えた末、自分が人間として生きている事を認めざるを得なくなるのです。
もう一つ恐ろしい事、それは死んだらどうなるか。
死んだら土にかえる。
もしくは食われて他の生命の吸収される。
燃やされてお骨になる。
普通に考えればそうなるだろう…
死というものは、単純明快でありながら重大な問題であり
人類史上でもいまだ解決できていない。
ある者は宗教に縋り、ある者は化学に答を見出す。
しかし実際は自分自身で死を迎えないとわからない。
どちらも、考えれば考えるほど深く考えてしまい
今現時点の知識や情報等で解明することが不可能。
答が出ないが故に、考えるのがとても恐ろしく怖いのです…。
生と死のテーマについては、手塚先生が『火の鳥』という作品を通して
その考えを述べています。
とても長いのでまだすべて読みきれていませんが
命の在り方について考えさせられるとても素晴らしい漫画です。
あと、火の鳥自身がすごい美鳥さん…
まほろば
混沌とした時代の流れ、日々の雑念を忘れるため
一旦心を無にし、座禅を組む。
過ぎ行く流転の元、かつての自然と文化が調和した
美しい時代の事を想う。
こうありたい、こうなりたい、と。
私自身は無意識のうちにそれを求めていた。
風土に対する想い、それは
日本人としての、心の中に眠る感情なのだろうか。
こうあるべき、こうなすべき、と。
私はその気持ちが上手く言えなかった。
だから、こうして絵にして伝える道を選んだ。
日本人としての、心の故郷「まほろば」を求めて・・・。
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